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洗濯物 [02_詩]

家族がぶら下がっている洗濯竿
洗濯槽の中で 
腕を組んだり 蹴り飛ばしたり
しがみついたり離れたりして 振り回され
夕立に遭い 熱に灼かれながら
それぞれの想いに色褪せては
迷いの淵を 回り続ける

暗い部屋に射す陽と陰の間で
年長の女は独り黙々と衣服を畳んでいく
老いた女の手に託されたのは
明るみに出せない家族の軽薄さの残量だ

散らかり続ける洗濯物
育った子らと、旅立った者の分まで
捨てられないのか、忘れてしまったのか
丁寧に四角く折り曲げられる服の山
手元を休めて喚ばれるままに目をやれば
外に亡祖父母と亡き父の抜け殻が細長く
自由自在に揺れている

靴下に弄ばれ、ハンカチを落とし
制服に手をやき、
ワイシャツに愛想をつかしながらも
その手は再び、雨に打たれて項垂れる彼らを
陽のもとに連れ出そうと
アイロンで温めて人様の前まで送り出す

干せなくなった女は簡単に世間に干され
出ていく、という掟が一つ、
縁の下に結ばれている
鋏で切られる日まで 
ひたすら腕を、手を、指を、動かし
やがて沈む夕日を瞳にしまう

軒の下には
ひるがえる家族が並んでいる
隣家では若い女がいつも白い狼煙を蒸かして
明日も晴れての旗揚げを繰り返す





(抒情文芸2020秋:176号入選 清水哲男選:選評あり)
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日課 [02_詩]

冷蔵庫から子供の頭部とおくるみを
毎日切り刻みながら
君だけに盛り上がった
低学年男子の勃起を器に擦りつけて
テーブルに並べる

(コウノトリはキャベツ畑で卵を温めている)、
という事に苛立って
包丁はすぐに反応して まな板まで傷を残していく

水のあふれる住処で目を回しているのは服やタオル、
ではない、腰から下の私

干せば乾く洗濯物と干せばいなくなる私は
その日の朝刊に重く貼りついてみても
ドライに捨てられる

どこに向かっているのか分からないさびしさだけで
活字を拾うと舌が歯にあたってうまく発音ができない

言葉を包丁のように使ってはいけないよ、というコトバを
包丁で切ると「言葉を/使ってはいけない」と
書き換えられた

Ⅰというものに意味があるとすれば
毎日切り刻み擦り減らしていく手足、
折りたたまれてしまわれる頭、
乾かない空、乾いたままの眼、
その隙間で 毎日、
サラダを刻むだけの私
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めんどり [02_詩]

挨拶から始まる朝は来ない
顔を見たなら悉く突き合うまで
さして時間はかからない

めんどり二羽の朝の風景
イラつく調理場
割れる玉子
割れない石頭

言い返さない方が利口
聞き流せば済むことなのに
ついに出る、
(お腹を痛めて産んだ子に!)を声高に
謳いあげて嗤う、めんどり

卵が先か鶏が先か、ではなく
どちらが先に口から産まれたか、
大声で喚いたかで勝利は決まる

私たちは似ている
親子だもの
鶏冠にくるコトバもタイミングも同じ

寡黙な台所
一触即発の玉子焼き
丸いフライパンの中でできる玉子焼きを
四角く丁寧に折りたたむことはできない

苛立ちは焼けたまま 
旦那様に差し出される

いつもの手間暇取らずの醤油をかければ
焦げていただろうフライパンの玉子焼きを
みりんと砂糖と塩で味付けすると
玉子焼きが黄色いままで焦げ付かない

旦那様は 調味料を全く使わない、
天然の玉子焼きの味が好きだという

が、

老いためんどりの目に じわり涙
その味付けは 私が母に習ったこと
人前で焦げた玉子焼きを出さないよう、
子供の頃に教えてもらった作り方

そんなくだらないことを
覚えていたくらいで泣くなよ
めんどりのくせに

私だって 作った玉子焼きの味が
わからなくなるよ
めんどりなのに


詩誌・いろんな家族(投稿作品)
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極楽 [02_詩]

「お前の願いを叶えてやろう」
伏見稲荷大社で大きな鍵を咥えた巨大なキツネが
私を見下ろしている

私はキツネに言われた通り 千本鳥居を潜り抜け
奥殿横の「おもかる石」を持ち上げると 
夜の平等院の門が開く

ライトアップされた阿弥陀仏が
水面に逆さに浮かんで揺れている
赤であり緑であり黄色であった紅葉も全て 黒い陰をおとし
水面下の大仏に続く道が現れる

「そっちに行ってはいけないよ」
という、懐かしい誰かの声はしたが
「こっちにおいで」という、声もして
下を向いたら母がいた

(京都を私と一緒に歩きたかったと小さく言い続けた母
(老いた猫がいるし自分が行っても世話になるだけだからと俯いた母
その、母が、今!
菊の花柄の黒い服を着て私の近くを歩いている

   あれほど 来られない、と言っていた母が…
   もう歩けないから、と言っていた母が…!

「やっぱり来てくれたんだね…!」
私はキツネにもらった鍵を捨て 
遠ざかろうとする母を追いかけた

横顔だけの阿弥陀如来の 金箔は剥がれおち
屋根の上の不死鳥がさかさまに啼く頃
水面には大きな鍵だけが ひとつ
池の表に浮かぶだけ


 テーマ(京都)
※支倉詩劇:ポエーマンスで朗読したもの。
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単細胞 [02_詩]

本能だけで生きている
あられもない自分のこと以外知る由もない
けれど真ん中に込み上げる淋しさについて
幾度も躓く

単細胞は一つであるということ以外何も持たない
【自分でいる、自分がある!】
当たり前の事を言いまわる
むき出しのバカの自由(それでいい)

淋しさは淋しさを呼ぶ
やがて卵子と結合し 
一体感を得た途端に分裂が始まった

見る
触れる
聞こえる
感じる
味わえる

単細胞は五感をフル活動させ
多細胞で固められた人間組織として歩き回る

学んだ
体験した
人付き合いも覚えた
疲労した

沈まない多くの夜に目を凝らし
陰りのある朝の中を歩き続けた

なのに
学べば学ぶほど
人に出会えば出会うほどに
単細胞は 淋しくなった

単細胞は
賢くなりたかった
勉強したかった
そして 偉くなりたかった

しかし組織は管理と監視を続け
同じ組織の中で生きる単細胞同士でも
裏切ったなら 他愛もなく壊死させた

自分が息継ぎをするためには
相手の息を止めるしかない

疲労し老い、追いやられていくものたちを
単細胞は眺めるしかなかった

真ん中の肉を削り取るような隙間風が
どんどん通過していく

その風に運ばれていく
夥しい自分であったものたちを見送り
そしていつか自分も
そこにいくということを知っていた

単細胞が歩いて、歩いて、学んだことは 
これ、一つ

空を見上げて
【自分でいる、自分がある…!】
昔なら簡単に言えた言葉に押しつぶされて
バカみたいに青を滲ませて彼は泣いた

        *

頭上の空はどこまでも高く、広く、
単細胞が生まれた時のそのままで…。
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転がる [02_詩]

差点で行きかう人を 市バスから眺める
私には気付かずに
けれど 確実に交差していく人の、
行先は黒い地下への入口

冷房の効きすぎたバス
喋らない老人たち
太陽に乱反射する高層ビルの窓
その下に黙ってうつむく黒い向日葵
通り過ぎていく冷めきった人間たち

バスは座席からこぼれつづける多くの会話を
次の停留所で吐き出しては
また、新しい言葉を積んでいく

── 梅田の一等地あたりのマンションでいくらですか
── ロッカー、どっこも空いてないやん
── あの人いっつも家柄の自慢ばっかりやんか

『次は土佐堀三丁目』

大阪に網羅する血管の、
血が通っている所と、通わなくなった所
その、間の駅で降車する

改札口から吹き抜けていた風が
日照権のない平屋へ足を運ばせる
夜は 独り缶詰の底に沈んでいる家族の事などを想い
職場でハンマーを振り上げては
゛目玉焼きになる゛と 笑う父の姿が濃くなっていく

角の路地を出れば 小さなガラスケースの中
ウインナーとトースト、そして目玉焼きが
モーニングメニューとして
日焼けし、蝋細工の色は欠け落ちたままだ

違ってしまったのは
そこに何十年と通い詰めていた男が一人、減ったこと
一つ番地が消えたこと
以外、
変わったことなどさしてない

駅に向かう私を市バスたちが追い越していく
夕陽は黙ってうつむく私見つめて沈む

誰にも気づかれず死んでいく者の数を
あの赤い空は知っているのだろうか

        *

高架下の交差点で
誰かに放り棄てられたビール缶が
どこまでも転がっていく

ガラガラと音を立て うろつきながら
どうしようもないことに 
つぶされないように
横切っていく

私も素知らぬ顔をして
横断歩道を渡っていく

コンビニに入ると
店員はビール缶を棚に出しては
いくらでも並べてみせた

その手の裏側の方から
サイレンの音が鳴り響く
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降り積もる雪のように [02_詩]

あなたの望む
あなたにおなりなさい

例えば雪のように
柔らかく白く
降り積もりなさい

やがて踏みにじられ
汚されて逝く
その傷や痛みを
涙や嘘で繕うのです

そうして白い瘡蓋で
覆うのです

人はまるで
降り続ける白い粉雪
自分を掘り下げるように
自分を重ねて行く
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何時 [02_詩]

死んだ父が
殺された、という
名札をつけて立っている

その横をコンビニ袋に
かつ丼を入れた男が
実存の靴を鳴らして歩く

蛍光灯の下で
頭だけ照らされた女が
命について考えると
部屋には沈黙が訛り
御霊だけが浮遊する

今とは一体、
何時のことだ
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白い炎 [02_詩]

年末の庭に放置された大量の菊が
霜が降りる毎に人を誘う手をみせる

いつか燃やさなければ片付かないね、と
そればかり気にしていた母の、
指の第一関節はガンジキのように折れ曲がり
小さく縮んだ菊の亡骸を集めていた

仏壇の裏のセイタカアワダチソウが
鈍色の曇り空にトゲトゲしく突き刺さり
誰かの長い白髪のような枯草は
横倒しに倒れたまま土を覆い隠している

簡単に抜ける
色褪せたそれらのものを集めて鎌で束ねては
焼き場まで持っていく
母はその薄暗いものたちを上手に重ね合わせ
端が折れて黄ばんだ新聞紙を細長く丸めると
マッチを擦る

底に火を置かれたものたちが燻る焔をあげ
小さな骨が何度も折られる音が続き
やがて火は燃え広がっていく

いつか燃やしてしまわなければ…、と
自分に言い聞かせるように母が呟いた後、
あっという間に燃えてしまうものですね、
街から来たという男が古い家を背にして
正直に言う

玄関に注連縄のついたお飾りを吊るすと
そこから
母が入り、娘が入り、猫が入る

今年が無事だったことなど気にも留めず
暮れた寒村には消防団の夜回りの鐘が
夜の中で鳴り渡る



抒情文芸 2020年 春号

清水 哲男選(入選)
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考えない足 [02_詩]

初めて履いた運動靴で 
私たちはどこへでも行けた
リュックサックを背負い水筒を持ち
少しのお金と自転車のペダルに乗せたその足で

行きたい所へとハンドルを切れた
時間は私たちの足の後から付いてきた
日時計だらけのデコボコ道を
どこまでも どこまでも

白い運動靴が汚れてきた頃
黒くい靴を履かなければ 行けない所が増えた
手首に巻かれていたのは 手錠のような時計

自転車は納屋の奥で錆びついた
ハンドルは固定されてタイヤは罅割れ
ペダルはもう、回らなかった

今、私は町の停留所で捨てられた牛になって
飼い主が迎えに来てくれそうな車を待つ
草臥れた運動靴を蹄に被せ
定刻通りに来る運転手のバスに乗せられて
この町を周り続ける

バスは決まった方角へと進み
市役所と病院を通過して
同じ場所で私を降ろす
 (便利になったもんだ
 (バスの時間に間に合わない者は
 (買い物も治療も手続き事もできないのだから
小さな押し車に頼る老人と
杖を突く老女が そう呟いて降車した

バスに揺られ 自分の足も動かさないまま
私は町を何周しながら死んでいくのだろう

【便利になったのだ】
ペダルを漕ぐ白い運動靴の足たちが 
時間を逆走して 
バスの中の私を追い越していく


(詩と思想3月号掲載詩)
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